2026 SUMMER
武次 聡子先生(ガラス工芸)
ガラスに託す夢
ガラス工芸
武次 聡子先生
─ガラス工芸を始めた理由・興味のきっかけ
小さい頃からキラキラするものが好きでした。どこにでもよくいる女の子です。ガラスのおはじきを集めたり、家のシャンデリアのパーツが取れて落ちたのを大事に自分の宝箱にしまったりしていました。当時新聞に入っていたジュエリーの広告は指輪の写真が大きく載っていたりして、それを綺麗に切り抜いたりもしていました。
地元のお祭りがあった時にはガラス細工の屋台が来ていて、他の友達は型抜きをしたりくじ引きをしたりする中、私はお小遣いをガラス細工に費やしていました。毎年、少しずつ増えていって、出してはにんまりしてしまって、繰り返していました。
小学3年の時に家族で行ったテーマパークの一角で、お店の中でガラス細工を作っている海外の職人さんを見ました。腕を器用に動かして、ドラゴンを作っていました。今思えばそれはバーナーワークなので、私が今していることとは少し異なりますが、その時は一目見た瞬間に、私もこんな仕事がしたい!!と思いました。
─ガラスの魅力・工芸を始めてよかったと思うこと
やはり透明感が一番の魅力でしょうか。溶けているガラスを竿に巻き取り、息を吹き込んだ時の形は、とても美しい曲線を描いています。高温で溶かしているので、ガラス自身が熱を持った、透明の中にも芯に光を帯びている生地の色が好きです。巻くたびに綺麗だなと思います。できた器に光が透過してできる影も、とても好きです。
職人仕事は自分が納得いくまで終わりがなく、果てしないですが、ほんの少しでも上達したと感じた瞬間、とてもやりがいを感じます。また、他の工芸家さんや職人さんと技術の話やものづくりの話ができることも嬉しいです。
─いままでで一番壁にぶつかった経験・それをどう乗りこえたか
一番の壁は、工房で働き始めて、自分の思っていた仕事内容とは異なっていたことでしょうか。大学で4年間ガラスを勉強していたとはいえ、やはり仕事となればそんなに甘くはありません。即戦力になるはずがない、当たり前のことですが、あれもこれもしたい(できる)、なんて期待に胸膨らませて来た自分にとっては、がーん でした。でも入って間もない時は、とにかく給料泥棒にならないようできることをしなくては、と、何でもやりました。最初の3年間は材料、資材の発注、商品の梱包発送、展示会のお店番……制作より、雑務の方がずっと多かったです。その合間に制作をしていました。自分の作品をギャラリーに並べられる日が来るまでは頑張ろうと思い、続けました。結局、それらの雑務はとても大事で、経験しておいて良かったと心から思う日が後からやってくるのですが、この時はまだそんなふうに思えていなかったように感じます。
─これからの目標・次にやってみたいこと
ガラスを仕事にして20年経ち、やっと最近になって、自分のしたい 遊び の部分が形にできるようになってきたように感じます。ずっと力が入って、全力でやっていたことが、ほんの少し余白ができるようになって、制作を楽しめることも増えてきました。
作品でありつつも、使う人の日常に寄り添う器でありたい、これからも変わらず目指していきたいです。
動物、虫、民族などから魅力的な部分を引き出してもっと作品を作っていきたいと思っています。
─夢に向けて頑張っている高校生へメッセージ
今はインターネットやAIが普及し、様々な情報が簡単に手に入れられるようになり格段に便利になった反面、誤情報や偏った思想なども同じくらい世の中に溢れていて、常に見極めが必要な時代になったように感じます。今は物価高や経済状況なども深刻で、なかなか好きなことを続ける環境に居続けるのは難しいかもしれません。ですが、どんなことでも、経験は自分の土台となり、背中を押してくれるはずです。また、夢や目標は、口にしていると本当にそっちへ引き寄せられていくとも感じます。挫折と思うか試練と思うか、自分の心の持ち方で未来は大きく変わります。皆さんが納得いく道を、自分自身で見つけ、進んでいけるよう、願っています。
【プロフィール】(たけつぐ・さとこ)/1984年千葉県富津市生まれ。2007年多摩美術大学を卒業後、奈良ガラス工房に入る。現在は吹きガラスの制作に励み、日常生活で使いやすい作品を中心に制作している。







